Tofogliflozin ameliorates cardiotoxin induced skeletal muscle injury and fibrosis in obesity
トホグリフロジンは、肥満により低下した骨格筋損傷からの回復を促進する
概要
富山大学学術研究部医学系の内科学第一講座(加藤 将教授)のムハンマド?ビラール特命助教、藤坂志帆准教授と富山大学未病研究センターの戸邉一之特別研究教授らの研究グループは、SGLT2阻害薬であるトホグリフロジンを肥満モデルマウスに投与すると、カルディオトキシンによって誘導された骨格筋損傷後に、筋線維形成が促進され、損傷からの回復が促進されることを見出しました。トホグリフロジンの投与は、骨格筋内の線維脂肪前駆細胞(FAPs)※1を活性化し、フォリスタチン(Fst)※2の発現を上昇させます。トホグリフロジンは、肥満により低下したAMPキナーゼ※3の活性を回復し、FAP細胞からのフォリスタチンの分泌を増加させることにより筋線維の再生プロセスを亢進させます。さらに、骨格筋損傷後の運動耐容能も向上することが確認されました。本研究成果は、特に日本人で増加している肥満型2型糖尿病における骨格筋損傷からの回復を促進する新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月22日10時(英国時間) (日本時間22日18時)に英国科学誌「Scientific Reports」にオンラインで公開されました。
ポイント
- 日本人の2型糖尿病の特徴は、インスリン分泌の低下と内臓脂肪の蓄積により、肥満ではない人でも発症する点です。内臓脂肪の蓄積や肥満は、骨格筋への脂肪沈着により機能障害を引き起こし、最終的に運動機能の低下を招き、骨格筋の萎縮を伴う「サルコペニア性肥満※4」と呼ばれる状態に至ります。したがって、インスリン抵抗性と肥満を有する2型糖尿病患者において、骨格筋機能の保護と筋形成の促進を目標とした治療戦略は、高い期待が寄せられています。
- 肥満は、脂質代謝、全身性炎症、インスリン抵抗性への影響を通じて筋機能障害を引き起こし、筋萎縮と再生能力の低下を招きます。ナトリウム?グルコース共輸送体2阻害薬(SGLT2i)は、SGLT2を選択的に阻害し、腎臓でのグルコース取り込みを低下する作用を有し、現在、糖尿病の治療に広く使用されています。SGLT2iは、高血糖により引き起こされるさまざまな臓器の機能障害に対し、多様な保護作用を有することが報告されています。また、糖尿病に伴う慢性高血糖により骨格筋におけるインスリンシグナルが低下し、ブドウ糖やアミノ酸の取り込みが低下します。しかし、損傷モデルにおいてトホグリフロジンが筋線維の形成を促進するメカニズムは、研究されていませんでした。
- 本研究では、高脂肪食負荷による肥満におけるトホグリフロジンの骨格筋修復における役割を調査しました。C57BL/6J雄マウスに対し、トホグリフロジンを添加した高脂肪食(HFD)または添加しないHFDを12週間摂取させました。これらのマウスにカルディオトキシン(CTX)を用いて急性損傷を誘導しました。高脂肪食負荷による肥満下でのトホグリフロジン投与は、全身のグルコース代謝を改善し、CTXによって誘導された骨格筋損傷後にPax7とMyoGの発現を誘導し、筋線維形成を促進しました。トホグリフロジンは骨格筋内の線維脂肪前駆細胞(FAPs)を活性化し、フォリスタチン(Fst)の発現が上昇し、損傷後の筋形成を促進しました。
- 我々の研究では、トホグリフロジンの投与が肥満によるAMPKリン酸化の低下を回復させ、ミトコンドリア機能を向上させ、これにより骨格筋機能を改善し、高脂肪食(HFD)を摂取した肥満マウスにおいてCTXによって誘導された骨格筋損傷後の運動耐容能を向上させたことが示されました。
用語解説
(※1)線維脂肪前駆細胞(FAPs)
FAPsは、Fibrogenic-adipocyte progenitorとも呼ばれ、骨格筋内に存在する間葉系幹細胞様の細胞で、筋成長に不可欠なフォリスタチンを分泌します。
(※2)フォリスタチン(follistatin)
骨格筋の成長と肥大に関与する重要なタンパク質で線維脂肪前駆細胞から分泌される。
(※3)AMPキナーゼ(AMPK, AMP-activated protein kinase)
有酸素運動や筋収縮でATP消費が増えるとAMPKが活性化され、筋肉のミトコンドリア生成促進やグルコース取り込みや脂肪酸酸化が促される。
(※4)サルコペニア性肥満
FAPsは骨格筋内で脂肪細胞に分化することができ、これによりサルコペニアまたはサルコペニア性肥満を引き起こす可能性があります。
研究内容の詳細
論文情報
論文名
Tofogliflozin ameliorates cardiotoxin induced skeletal muscle injury and fibrosis in obesity
著者
ムハンマド ビラール (Muhammad Bilal)1,2,3
グエン?クイン?フォン (Nguyen Quynh Phuong)1,4
角 朝信 (Tomonobu Kado)1
劉 建輝 (Jianhui Liu)1,5
リー?ダク?アン (Le Duc Anh)1
サナ カリド (Sana Khalid)6
ムハンマドラヒールアスラム(Muhammad Rahil Aslam)1
メムーナ (Memoona)1
西村 歩 (Ayumi Nishimura)1,7
五十嵐 喜子 (Yoshiko Igarashi)1,8
渡邊 善之 (Yoshiyuki Watanabe)1
ワシム アバス (Waseem Abbas)2,9
小野木 康弘 (Yasuhiro Onogi)2
平林 健一 (Kenichi Hirabayashi)10
山本 誠士 (Seiji Yamamoto)11
八木邦公 (Kunimasa Yagi)1,12
マルセル ライン (Marsel Lino)13
薄井 勲 (Isao Usui)14
加藤 将 (Masaru Kato)1
藤坂 志帆 (Shiho Fujisaka)1
アラー ナワズ (Allah Nawaz)1,13
戸邉 一之 (Kazuyuki Tobe)2,15
所属
1 富山大学学術研究部医学系 内科学第一講座
2 富山大学学術研究部教育研究推進系 未病研究センター
3 日本糖尿病学会 特別研究員
4 富山大学学術研究部医学系 臨床腫瘍部
5 Department of Cardiovascular Medicine, Lihuili Hospital Affiliated to Ningbo University, Ningbo, Zhejiang, China
6 富山大学学術研究部医学系 分子神経科学講座
7 富山大学学術研究部教育研究推進系
8 JSPS Research Fellowship for Young Scientist Japan.
9 富山大学学術研究部医学系 分子薬理学講座
10 富山大学学術研究部医学系 病理診断学講座
11 富山大学学術研究部医学系 病態?病理学講座
12 金沢医科大学 総合内科学 生活習慣病センター
13 Section of Integrative Physiology and Metabolism, Joslin Diabetes Center, Harvard Medical School, Boston, MA, USA
14 獨協医科大学 内分泌代謝内科
15 富山大学学術研究部医学系
掲載誌
Scientific Reports
DOI
https://doi.org/10.1038/s41598-025-12734-9
お問い合わせ
富山大学未病研究センター
特別研究教授 戸邉 一之(トベ カズユキ)
- TEL: 076-434-7219
- E-mail:
富山大学学術研究部医学系 内科学第一講座
准教授 藤坂志帆(フジサカ シホ)
- TEL: 076-434-7287
- E-mail: